家では3児の母。
職場では60人の母。

制作部制作管理課チーフ 武石 尚子

決めたら進む。今も、昔も。

就職活動のときはDTPを専攻していたのもあって、印刷会社を探していた。水上印刷に興味を持ったのは、学校の卒業生が多くいたことと、専門学校1年生のときに、会社見学をさせてもらったことがあったから。就活が始まって最初の学校で合同企業説明会で、当時の採用担当に惹かれて、その会社説明会に参加した。

説明会で当時の社長、今の会長の話がすごく良くて、「No Try, No Success!」が、自分の性格と合うな、と。「とりあえずやってみようよ!」が、当時の自分の求めるところと凄く合っていた。
会社自体も若かったから、雰囲気も楽しそうで、ぜひ入社したい!って思った。

学校のキャリアセンターの人に、もう絶対この会社が良い!この会社じゃなきゃ嫌です!って言った。そんなこと言われてもね、っていう感じだったんだけど(笑)

新しい生活が、
新しい働き方を作った。

当時の制作部は全員で10人ちょっとくらいで、まだクリエイティブチームもエンジニアチームもWEBチームもない頃。入社してDTPオペレーターとして勉強して、思いっきり仕事をしていた6年目の春ぐらいに妊娠がわかった。

その頃は結婚してる女性社員も少なく、妊娠されてる方もいない上に、私の2年先輩で妊娠された方は妊娠8ヶ月で退社していったので、当時は自分も辞めるつもりでいた。

残業が無いわけでもなく、また同じように働くと考えると、復帰は難しいだろうと思って、「出産ギリギリまで働けますが、辞めようと思います。」と当時の責任者に伝えた。でも、MICで働くことが好きだったので、そのうち校正のおばさんでバイトさせてくださいね(笑)って感じで言ってた。

そうしたら、私の妊娠を知った当時の営業部長が就業規則持ってきて、読んでくれる?って。
「うちにもあるんだよ、産休制度。あるんだけど、誰も使ってきてなくて。これで無理なことがあったら言って。」って言われて、取っていいんですか?!みたいな。
そういう風に言ってくれたこともうれしかったし、これで皆も妊娠後の選択肢が増えると思ったらうれしかった。
そのときの就業規則は法律で決められた最低限の産休・育休制度だけ。実際使おうと思ったら、少し足りてないところもあった。
例えば、時短勤務は1年間のみ、となっていて、子供が2歳になるときはフルタイム勤務に戻らなくちゃいけなかった。フルタイムっていうと8時30分から17時30分まで。保育園の時間が、18時とか18時30分までだから、現実的に考えると難しいなと思ったことをそのまま営業部長に伝えた。
その営業部長にもお子さんがいて、「そうだね」と共感してくださり、「ここは変えていこうね」と言ってくださった。そんなやり取りがあった後、産休制度を整えて産休へ。

復帰をする前に会社に呼ばれて、スリークウォーター制度を入れてみようと思う、って言われた。スリークウォーター制度というのは、勤務時間が「6時間」と定められた正社員。

「時短勤務がいつまでか?」というのは、ワーキングマザーにとって、とても重大な問題で、周りのママたちでも、いろんな話しを聞く。フルタイムにしてみたものの続かなかった、とか、子供との時間が持てない、とか。だから、期間を気にすることなく短時間でも働けることは安心したし、短時間でも、ちゃんと会社の一員としてまた迎えてもらえるのは、とてもうれしかった。

今でも子供の病気などで急に休みになったりして迷惑をかけてしまうことも多いので、制作部をはじめとするみなさんには本当に感謝しています。

写真2

2度目の復帰

1人目のときは12月から産休に入って、約1年半産休・育休をとって、翌々年の4月に復帰した。

そこから2年半働いたところで、2人目の産休。
一度復帰してみて、育児と仕事をやっていくことが自分にとって自然だと思えたので、2人目が生まれた後も復帰しようと考えていた。
そしたら、2人目生まれて1年後、まだ育休中に、3人目の妊娠がわかった。
3人目の出産時期が復帰時期と完全に重なってしまうこと、2人までは想像していたけど、3人の育児をしながら働けるかということ、などに不安を感じてしまい、育休中ではあったけど、退職という道を選ばせてもらった。
突然専業主婦になったのだけど、それでも仕事をしたいっていう気持ちはあって。
ちょうど自分の弟の会社で人が足りないというので、上の子たちは保育園に通わせて、弟の会社の手伝いをしてた。
でも、3人目が保育園に入れるころには、もっとたくさん仕事ができる環境で働こうと思っていた。
その頃は次の働き口が水上印刷だとは思ってなかったけど。
そして、3人目の保育園入園申し込みが始まった頃、仕事を探し始めた。
いろいろ探してみたけど、募集の条件に加えて、
平日の育児はほぼ私、3人分の学校・保育園行事、突然の病気…など、子どもが3人いる状況を考慮して、採ってもらわなきゃいけなくて、なかなか大変だな…と思って。

そこで、ふと「ダメ元で、MICに聞いてみよう!」と思い立って、まずは、同期に制作部の現状を調査。その後制作部次長にメールを送ってみたのが2度目の復帰のきっかけ。
「私、働けそうなんですけどどうですか」って(笑)
ドキドキしながらメールを送ったんだけど、快く迎えてくれた。それから3、4ヶ月リハビリして復帰。

復帰してからはDTPじゃなくて進行管理の手伝いに入った。

「制作部の」めんどくさいを全て引き受ける

現在の業務は、簡単に言うと、制作部に来る仕事を割り当てて、みんなが滞りなく作業が出来るように管理・調整をすること。
復帰してすぐは、予定に関する事は管理課チーフ、その他のデータ依頼など、進行中案件じゃないものの作業は私。となっていた。
でも、仕事のボリュームが管理課チーフに偏ってしまっていたので、復帰して半年経った頃から日中の進行管理を私に分担することになった。

きっかけは、管理課チーフが不在時に、代わりに進行をやっていた人が、入稿時間を過ぎたものを片っ端から営業・ADへ問い合わせをしていったこと。
そうすることで、制作部の“今”の状態が見えてくるので、突発的に発生した仕事に対応しやすくなった。
ちょっと遅れたものに対して、これはいつの入稿になりますか?とか、この時間入稿しそうですか?とか、聞いて回っていたのね。
先にアクションしてしまえば主導権を握れるから、そのやり方なら、6時間しかいれなくてもその間の進行管理が出来る!と思って、やらせてもらうことになった。

でも、初めは悩むところもあって。
DTPオペレーターは生産をしていて、いままで自分もそうしてきて、時間生産性を求めて仕事をしていた。
それが進行管理という、非生産的作業を日々行っていることに違和感みたいな気持ちが生まれた。これでいいのかな私の仕事、って。
でも、今はみんなからあふれ出る面倒くさいを集めて、制作部メンバー個々の効率が良くなれば、全体の効率も良くなる。

今まで手の空いた人に頼んでいた総務的な仕事、小さいけどみんなの手を止めていたような仕事を全て引き受けるようにしよう!と思うようにしてます。
水上印刷も掲げている「お客様のめんどくさいを全て引き受ける」を制作部の中でやろうと思った。

制作部のフルサービス。
めんどくさい仕事はじゃんじゃん持ってきなさい、みたいな。

大人も、子供も、
おんなじ。

最近、思うのが子供たちとの日々のやり取りが、仕事でも活かせるなぁ。と。
子育ての場面だけど、子供も怒ってる、私も怒りたい、という状況になったとき、上からガンガン怒っても、本当に言いたい事は通じなくて。そういうときは、先ず、子どもの言っていることを聞く、受け止める。どうしてそうしたのかを言わせる。
そうすると、結局こういっているけど、本当は抱っこして欲しい、っていうのがわかる。でもその前には、その子たちの要求を受け入れないと、分からない。子供たちがギャアギャア言ってるのを、「ダメ!無理!」って言っちゃったら、その子の何かを解決したことにはなってなくて、余計荒れる。
立って泣いていたのが引っくり返って泣くようになる。

仕事で置き換えると、「仕事です!突発です!急ぎなんです!大変なんです!」っていうのを「いやこっちも大変なんだよ!」って始めから言っちゃうと全然話にならない。
ただ突き放してしまうと、制作のためにもならないかなと思うし。
だからとりあえず、聞く。その上で、うちもいっぱいなんです。じゃあどうしましょうか、みたいな話をする。
子供たちに最初からダメです、できませんを繰り返していると、自分を認めてくれないと思っちゃう。
そうすると自己肯定感が育たなくなるらしい。自分が出来るんだっていう自信がないと、どんなことにもチャレンジできなくなる。

お友達と遊ぶ時に、新しい輪の中に入るっていうのも、自分は出来るんだって信じているものがないと出来ない。
自分が認められているって思わせる為には、先ずは要求を聞く。聞いてあげる。そうだね、そうだねって受け止める。
ぎゃーって騒いでいるのも受け止めて、そうだね、そうだね、嫌だったねって。痛かったねって。解決するわけじゃなく、そうだね、そうだね、って受け止めるだけでいい。
そうすると、お母さんがいつでも味方で居てくれるっていう思いがあると、どこでも頑張れる子になる。

割と大人でも、そうかな、と思うんです。

何かを解決できたわけじゃなくても味方になって貰えるっていうのがあれば、そこから自分の答えを出していける。って、子育てでもビジネスでも一緒だなって思って。
だから、なんか全部に通じるんだなと思って。
見てくれてる感があると、大人も子供も頑張れるのかな、って思うんです。でも、子育ての方が壁にぶつかることが多いんですけどね。分けわかんないこと言うし。

例えば、今、目の前で牛乳が空っぽになりました。今見ているはずなのに「なんで牛乳がないんだ!!!」
「なんでないのー!」みたいになって。
「今飲んだからだよ…」と、堂々巡り…。
そういう時に、牛乳以外の提案で解決する場合もあるし、抱っこで済む場合もある。実は、いろいろなパターンがある。

目の前の問題にガチンコで向き合っていると解決しないから、アプローチを変えてみるっていうのは、子育てから学んだかも。

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制作部の、子供たちの、「母」として

まずは今の管理課をちゃんと課として立ち上げたいなとは思っている。

今は私ともう一人チーフしか社員がいない。チーフは全体のことを見なきゃいけないから、例えば、私がパートナー社員さんを見る。とか、やってみたい。
でもまだパートナー社員さんの仕事が空いちゃうタイミングがあったりして…。
そうならないように、何かの業務を引き取ったりシェアしたりしたいな、とかモヤモヤ考えていて。そういうところを、きちんと形にしたいなと思っている。
制作部管理課として、やれることはいーーーーーっぱいある。
まだまだこれから。

でも、ここまでできれば終わり、っていうのはないと思う。会社の状況によって最適な形って変わるし、その時々でどうするのが一番いいか考えていかなきゃいけない。
子育てもそう。それこそ全然終わらない。
小学生は小学生なりの悩み、中学生は中学生なりの悩みがあるだろうし、むしろ思春期になるともっと大変かも。その都度いろんなことがあると思うけど、その時の自分で向き合って、対処していこうかなって。

そのとき一番求められることをすくいとって、しっかりみんなの面倒を見て行きたいと思う。
母として。